快適時代のマナー
〜ホカホカ便座の恐怖〜


 もう、10年以上も前になる。僕は浦安のディズニーランドでアルバイトをしていた。そこでは徹底した従業員教育が行なわれているのは、とても有名だが、そんななかでもとても心に残っているものがある。

 「便器のフタは、開けておくように」

 なんだそれ?と思うかも知れないけれど、これにはれっきとした理由があるのだ。要するに、不特定多数の人が利用する便器の場合、誰がどんな使い方をしているか判らない。端的に言えば、用を足した後、流さない奴がいる、とかね。で、そんな時、フタが閉っていたらどうだろう。「開けてビックリ、溜まってたよ」ということになってしまう(う〜〜ん‥‥佐瀬さん級だな)。
 で、そんなことのないように、公衆便所のフタは開けておくようにするのが、メリケン国のマナーなのだそうだ。そういえば、テレビとかでフタのない器種(っていうのか?)を見たことがある気もする。流石は合理主義の国だ。

 それはそうと、我が家に「シャワートイレ」というものが導入された。この水圧はかなりのもので、出力をあげると直腸の中まで抉られるほどだ。残念ながら、僕にはその刺激を快楽に変換する能力は備わっていないのだが、病付きになる人もいるのだろうな、とは想像する。でも、きっと使い過ぎは身体によくないと思うので、みなさん注意するように‥‥、って、別にそんな話がしたかったわけではない。
 この便座は、暖房機能が備わっている。つまり、冬場に便座に座った時の、あの「冷やッ!」がないようになっているわけである(余談だが温風機能はないので、トイレットペーパーの使用量が増える。樋淑瑞葉が聞いたらイヤミをいわれそうな代物だ)。確かに冷たい便座に座り筋肉が収縮すると、せっかく排泄されようとしている代謝の余剰物が引っ込んでしまいそうなケースもあるので、「暖かくて気持ちいい」というだけでなく、健康面からいっても利のある機能なのだろうとは思う。
 で、気になったのは、この製品のマニュアルに記された注意書きである。

 「保温効率を高めるため、フタは必ず閉めておきましょう」

 なるほど。理に適ってはいる。
 しかし。しかしである。もし万が一、流さない人物、あるいは流され損なった固体があった場合はどうなるのだ。それでなくても暖房機能で暖まっているのに‥‥。

 僕は、そのフタを開ける瞬間に、つい息を止めるくせがついてしまった。‥‥なんてことは、ないのだが。

(天野 千晴)


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