広キ辞ノ苑ニテ迷子ニ成ル
実在と非実在を結ぶもの
  彼の兔、是の角。

 ある日、なぜなぜ娘・ワチコが、なぜなぜモード全開でやってきた。
「とにかく、ってなんでウサギに角なんですか! 広辞苑調べたけど、分からないんです!」
 いつも元気な、ワチコであった。
 とりあえず、私も広辞苑を見てみることにした。つまり、私も分からなかったのである。

 と・に・かく〔副〕(「兎に角」と当て字)

「その通り、当て字としか書いてないんですよぉ」
「確かに‥‥。『とかく』は調べたか?」

 と・かく〔副〕(「と」も「かく」も副詞。「兎角」と当て字)

「‥‥。何も書いてないに等しいな。よし。今度は『ともかく』だ!」

 と・も・かく〔副〕(「兎も角」と当て字)

「これならどうだ!」

 と・にも・かく・にも(「兎にも角にも」と当て字)

 なんてこった‥‥。
「ともかく分かったことは、『と』は『あれ』で、『かく』は『これ』だ、ということだ」
「なんで『あれ』が『うさぎ』で、『これ』が『つの』なんですか!」
「それは、『ざっつ・らびっと、でぃしず・ほーん』という古い英国のことわざから来てるんだ。意味は‥‥」
「『当て字』って書いてあるじゃないですか!」
 出任せで威厳を保とうとした私の目論みは、裏目に出た。もう一度、はじめからあたってみよう。
「『とにかく』‥‥。う〜〜ん‥‥。『とかく』‥‥。おっ! これは!」

 と・かく【兎角】〔仏〕ウサギの角(つの)。
 亀毛と並んで、あり得ないものの例として挙げる。


「ワチコ! 分かったぞ! これは英国のことわざじゃなくて、仏国の格言だ!」
「その〔仏〕って、フランス語じゃなくて、仏教用語じゃないんですかぁ?」
「じょ、冗談だよ冗談。キミ‥‥」
 まずい。このままではまずいぞ。なんとかしなければ。
「あり得ないっていっても、亀って歳とると毛が生えるんじゃないですか? そういう絵はよく見ますよ」
「ツルカメの絵だろ? あれは縁起物。有り難いもの。つまり、あり得ないものだ。麒麟と同列なんだよ(よかった。深く追求されなくて)。‥‥お、あったあった」

 きもう・とかく【亀毛兎角】〔仏〕亀の毛や兔の角は実在しないことから、非実在をたとえたもの。兎角亀毛、また単に、亀毛、兎角ともいう。

「ちなみに『兎角亀毛』も『亀毛』も広辞苑の項目にはなっていない」
「副詞の『とかく』って、どう意味でしたっけ?」
「『あれこれ』だな。漢字で書くなら、本来は『彼是』だ」
「つまり『実在するすべて』みたいな意味なのに、当て字とはいえ『非実在』と同じ表記にするなんて‥‥」
「だから、それは古いフランスの格言で‥‥」
「どうもありがとうございました! 勉強になりました!」
 いつも元気な、ワチコであった。

(天野千晴)


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