永遠の移転
〜TMJという名のムーブメント〜



 98年9月2日。「人生は深淵なり…」という謎のメッセージが【道楽楼】の掲示板に書き込まれた。そして、そこに記されたURLを辿っていくと‥‥。僕はハマった。そして、荷担した。
 10月9日。同じく「あの変な、移転のリンク続き、やめてください。/悪質です。」との書き込み。「ふ〜〜〜ん、ダメな人もいるんだぁ。」と思う。まぁ、最後まで行けなかったのなら、仕方ないけど‥‥。



 98年秋から冬にかけてネット界を揺るがした、謎のキーワード「TMJ」。「TMJ」と記されたバナーをクリックすると、インターネットユーザーにはよく見慣れた「移転通知」が現れる。そして、そこに記された移転先アドレスをクリックするとまた‥‥。
 それは、「移転通知の連続」という、ただそれだけのものだった。そして、やっとのことで終点に辿り着くと「たらい回しジャパン」の正式タイトルページ。
「TMJって‥‥おいっ!」
 そして「あなたは◯◯◯人目の被害者です。」のメッセージと「たらい回しにされた人専用掲示板」が用意されている。そこに記された被害者の声は、なぜかどれも楽し気だ。

 被害者は、ただちに新たな加害者となる。僕のようにスタッフとなり、たらい回し用ページを提供する人、「TMJ」のリンクバナーを自分のサイトに置く人、そして、知りあいにこの「謎のページ」のアドレスに行ってみることを勧める人‥‥。被害者の数は瞬く間に、ネズミ算式に増えていった。
 結果、この企画の首謀者の初期の目標であった移転ページ50は一月足らずで達成。5万アクセスを超えた11月頃からは、雑誌でも取り上げられはじめ、スタッフにより確認されているだけでも、その数は6誌にのぼった。12月には、10万アクセスを超え、年末の日経ネットナビ「HP大王1999」では「特別インパクト賞」を受賞。最終的には、ミラーサーバ、続編など250ページへとおよび、累計約12.5万アクセスを数えるほどとなった。

 なぜ、この企画がこれほどまでに受けたのか。それは「移転通知」という見慣れたページがどこまでも続くという、シンプルでありながらネットユーザーの日常を非日常にずらしていく妙味。そして、普通なら途中で切り上げられてしまうはずのこのシステムにあって、どこまでも引きずり込ませるだけの「次はどんなページなんだろう?」と興味をわかせる、各ページのシノギを削った工夫(この点では僕のページは失格だったと思うが)だろう。
 しかし、僕が「TMJ」を最も評価するのは、それが膠着した日本のネット界に、文字どおり「風穴」を明けたからだ。
 インターネットは便利だ。目的の情報が比較的容易に手に入る。しかし、それはセグメント化され、ジャンル間の横断が少ない。行政や学界を硬化させているのと同様の「縦割り」状況になってしまっている。
 「TMJ」のスタッフとして名乗りを上げた200人もの人々、そして、これを歓迎した「被害者」の共通項は、「いたづら心」の一点だ。それは、縦割りされたインターネットを串刺しし横断した、一大ムーブメントだったのだ。

 僕はとある秘密の会合で、この首謀者の生の声を聞くことができた。
「ほとんど宣伝もしなかったし、(これだけのアクセス数なら)広告収入の道もあったけれど、それは違うだろうと思った」
 僕は、心の中で彼に「名誉道楽主義者」の称号を贈った(受け取ってくれないだろうけど)。

 日本のネット界に大旋風を巻き起こした「TMJ」は、この1月26日0時をもって、行き先不明の移転(解散)を行なった。惜しむ声は大きかったが、潔い幕に僕は拍手を贈る。そう、「TMJ」は伝説へと移転したのだ。

(蓮見 季人)


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