Short Short Story
古本屋



 待ち合わせの時間までの暇つぶしに古本屋に入ったのだが、その結果思わぬことになってしまった。
 書棚にも店頭にも地質学だとか考古学だとかの専門書と一緒に、古地図だとか大正時代や昭和初期の雑誌類もあふれるように並べてあった。それに書籍類ばかりか、そんな時代のSPレコードもあった。客によっては垂涎ものなのだろうが、私にはあまり興味のないものばかりであった。ただ一番奥の店主のいるレジスター脇にだけ、ミステリーコーナーがあって、そこだけが異質の趣きがあった。つまり間違って入ってしまった客のためのようだった。まあいい、精々バカにするがいい、こっちだってもともと買う気なんてないんだ。ただの暇つぶしなんから。
 その中にカフカの全集があった。

 おい! カフカがミステリーだっていうのかよ!
 そんなこともどうでもよかった。どうせ読んだものばっかりだったし、買う気はないんだから。
 しかしなんとなく懐かしさを感じて『変身』を手にして、パラパラとページをめくってみた。すると中に宝くじが挟まれてあった。発行日をみると今年のものだった。まさかとは思うが、ひょっとして当りくじだったりして、という思いが頭をかすめた。本の値段をみると1000円になっている。こんな薄っぺらの古本になんていう値段をつけてんだ。一体どう考えてるんだ。
 でもそう思いつつ、それを手にしたまま次に『城』のページをめくってみた。するとなんてことだ、今度は一万円札がはさまっていた。多分もとの持ち主のヘソクリだろう。値段は2000円になっていたが、こっちは文句なしに買い得だ。
 ついでに『審判』も同様にページをめくると、こっちにも同じように一万円札がはさまっていた。

 もう間違いない。持ち主は同じで多分その女房がそれと知らずに売ってしまったのだろう。ひょっとすると持ち主は死んでしまったのかもしれない。その遺品を整理したのが女房なり家族で、故人のそうした癖に通じていなかったのだろう。へっへっへ‥‥可哀そうに。
 こっそり一万円札と宝くじを抜いてしまおうとも考えてみたが、なにせ店主のすぐ脇だけに、そんな動作はあまりにも不自然過ぎ、バレそうでできなかった。
 どうってことはない。カフカに凝った客がまとめ買いするのは少しも不自然じゃないし、全部で五千円になるが、二万円と宝くじがついてくるのだ。くじがはずれであっても一万五千円の儲けになるわけだし、こんなうまい話はない。

 三册をまとめてレジに持っていき、財布から五千円札を渡した。
 店主は五千円を受け取ってから、改めて三册を手にすると、それぞれのページをパラパラとめくった。
 まず『変身』の中から宝くじをみつけ、次に『審判』そして『城』の中の一万円札に目を止めた。
 「おやおや、なんてことだ」
 言いながら、それぞれを中から引出した。
 「こういうことって良くあるんだよ。多分ヘソクリだったんだろうな。これは元の持ち主に返してやんなくちゃいけません」
 二万円と宝くじを茶封筒にいれ、それを小抽き出しの一番上にしまい込んだ。
 「こっちもこうしたことで信用を得てるんでね」
 私はただぼんやりと店主の声を聞き、そのテキパキとした動作を目にしているだけで、五千円というとんでもない価格の、それもすべて読んだものばかりという三册を手にして店を出た。
 私は一体何人目のカモだったのだろう。

(宮田 次郎)


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