Short Short Story
遺失物
またやってしまった。朝、目が覚めて頭の痛さと吐き気を伴う気持ちの悪さに消え入りたい思いだった。一体何度やったら懲りるのだろう。二日酔いをすれば、たった1回だけで脳細胞が数千個単位で滅びて行くのだ。それだけでも深酒は害あって利はない。その上いつだって害はそれだけに留まらない。昨日にしても何処でどれだけの無駄遣いをしたのだろう。それも金銭的なものだけではない。時間の無駄は計り知れない。
またいつものことを思い浮かべて青ざめた。
きっと、いや、多分、
いや間違いない。絶対だ。
なにせ記憶がないのだから間違いない。でも、もしかして
と、儚い希望を持ちながら、怖る怖る身を起こし部屋中を見渡した。やっぱりだ、ない。
ベッドから出て部屋のドアを開け玄関に出た。何処にもない。またやってしまったのだ。まだ買ったばかりだと言うのに。それにあの中には他人にはどう思われようと、自分にとっては貴重品ばかりがびっしり詰まったままなのだ。
まず昨日出たばかりのウォ−クマンの新製品、それに大好きな歌手のCDが5枚、出たばかりのVTRが3本そして生テ−プもだ。他にやっとみつけた単行本が3册、それに高級ブランドのネクタイと靴下、それだけ入ったバッグごと何処かに置いてきてしまったのだ。
買い物のあとビアホ−ルで一杯やって、そのあとデパ−トの中で生牡蛎を食べさせるコ−ナ−があったので、そこでワインを飲んだのだ。そこまではいい。更にそのあと居酒屋に入り、買ったばかりの本に目を通しながらサワ−を飲んだ。
問題はそこからだ。さっさと帰ってCDを聞くなりVTRを見るなりすれば良かったのに。飲み始めるとどうしてだらしなくなってしまうのだろう。そうだ、ウォ−クマンを出して説明書を読み始めたのだ。
それからMDを入れて、そうそう、さすがに新製品だけのことはあって、いい音だったな、あのウォ−クマンは。それから電子手帳を出して、そうだ、あれも買ったんだ。冗談じゃないぞ財布もだ。中には現金だけじゃない。カ−ドも全部入ったままで、
一体どこで??
しようがない。まずないに決まってるだろうけど、駅の遺失物係に一応問い合わせてみよう。
電話口にすぐ係が出た。
「すみません。昨日の終電近くだったと思うんですが、車内にバッグを忘れてきてしまったらしいんです。そちらに届いていないでしょうか?」
「どんなバッグですか?」
「茶色のビニ−ルレザ−の、スチ−ルの縁のついた、大きさはそうですね、40センチ×60センチぐらいいのなんですが」
「ちょっと待って下さいよ」
どうせないに決まってるんだよな。今どき届けるやつなんて絶対にいるわけないもんな。そんなことはこっちだって百も承知だけど、とにかく黙って諦めるにはあまりにも
「もしもし、ありましたよ!」
「ええっ、本当ですか?」
天にも昇る気持ちというのは、こんなもんじゃないだろうか。自分のものが自分に戻るだけなのに、こんなに嬉しいなんて信じられない話だ。信じられないと言えば今どきそんな親切な人がいると言うことも信じられない。
「ありがとうございます。今すぐ受け取りに行きます」
すぐに遺失物係に向かった。
紛れもなくバッグはあった。しかも中味はそのままだった。なにひとつなくなっていなかったのだ。
奇跡と言っていい。
「本当に世の中にはまだ親切な人もいるもんなんですね。是非お礼をしなくては。顔を覚えていらっしゃいますか?」
係員は変な顔をしていた。
「このバッグを届けてくれた人は」
「届けてくれた人は?」
「間違いなく、あなたでした」
(宮田 次郎)
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