Short Short Story
枯葉
「おお、可愛いやつだ」
縁側で年老いた父が手の中の枯れ葉を雀と勘違いしてもて遊んでいる。
「ほれ見てみろ、可愛いもんだろうが」
まったくどうしようもない。
「お父さん、いい加減にして下さい。それは雀なんかじゃなくって枯れ葉ですよ」
父は呆れかえった顔をして、私を見詰める。
「バカなことを言うもんじゃない。いくら年老いたとはいえ、まだ雀と枯れ葉とを見間違えるほどもうろくはしとらん」
父は縁側から庭に降りると別の枯れ葉を手にして戻った。
「いいか、こっちの動かない方が枯れ葉だ。そして、ほれ、こっちが雀だ。手の中でこうして動いてるだろうが」
右手の方は枯れ葉を指でつまむようにして、左手の方は手の平にに乗せていた。風があって手の平の方は今にも飛ばされそうに揺れ動いていた。
「いいか、雀が飛んで行くぞ、ほれ!」
手の平の枯れ葉を父は放り上げた。風に乗ってそれは飛んで行った。
「ほらな、雀は飛んで行ったろ?」
右手につまんだ枯れ葉を私に向け振りかざして言った。
「こっちは枯れ葉だ。お前はこんなものの区別もつかんのか。俺より先に惚けおって、まったくどうしようもない」
バカバカしいったらありゃしないが喧嘩をしても始まらない。私は襖を開けて隣室の書斎に入り机に向かった。縁側の父のところへ玄関の方から庭にまわった4才の息子がやってきたようだ。
「おじいちゃん、また雀を捕まえてみせてよ!」
なんてことを言ってるんだ。
「おお、いいともいいとも」
父が庭に降り、すぐに枯れ葉を拾って手の平に乗せたようだ。
「ほれ、見てごらん」
「わっ! 本当だ。可愛いね、雀って」
なんなんだ?
そうか、さすがに私の息子だけのことはある。ああして老人の機嫌をとっているのか。子供から学ぶことは多いものだ。私もこれから気をつけなくてはいけないな。いや、これからだなんて言わずに今すぐ改めよう。そう思って隣室に戻ろうとしたのだが、その時に父が余計なことを言い始めた。
「お前は利口だから見分けがつくが、お前のお父さんはもう惚けが始まっていて、雀のことを枯れ葉だなんて言うんだ。気をつけた方がいいぞ」
息子にとんでもないことを吹き込んでいる。冗談じゃないぞ。私は父に抗議をするために、勢いよく襖を開けて縁側のふたりを見た。
その時だった。私を振り返った父の手の平から雀が飛び出して行った。息子はそれを目で追いながら、がっかりしたような声を上げ、父は私を睨みつけた。
「お前が脅すから雀がびっくりして逃げてしまったじゃないか。もっともお前にゃ枯れ葉が飛んで行ったようにしか見えないんだろうが」
私には一体なにがなんだか???
父は思い直して息子の頭を撫でながら言った。
「さあ、お前にお小遣いをあげよう」
父はポケットから1万円札の束を取り出し、数えながら4枚も5枚も息子に手渡すのだった。
「お父さん! いい加減にして下さい! まだ4才の子供には多過ぎますよ!」
中に割り込んだ私は息子の手から1万円札を奪い取り、父に押し返そうとしてびっくりした。
私の手にあったものはコブシやアジサイやイチョウの葉たった。
「まったく! お前というやつは遊びを妨げることしか知らんのか」
(宮田 次郎)
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