Short Short Story
身寄りのない子
「お母さん、ミヨリのない子って、何?」
「親も兄弟も親戚もない子のことよ」
「ふうん」
「そんな子がいるの、今どき?」
それだけ言って、お母さんは洗濯物を片付けに二階にあがってしまった。
学校からの帰り道にちょっと変わった男の人が住んでいる、小さな一軒家があるんだ。その人は前に魚を飼ってたんだよ。それもびっくりするような大きなやつをね。しかもそんなに大きくない水槽でさ。
で、聴いてみたんだ。
「そんな魚を飼うのって大変でしょ?」
そしたらその人は「そんなことないよ」って言うんで、
「可愛いから?」って訊いたんだ。そしたらなんて言ったと思う、その人?
「そういうことじゃなくって便利だから飼ってるんだ」
そんなこと言うんだよ。で、どういうことかと思ったら
「夜中に無性に魚を食べたくなった時に便利だからだ」って答えるんだよ。
冗談だと思ったさ、ぼくだって。でも、それが冗談なんかじゃないんだよ。
それから数日してまた学校帰りにちょっと寄ってみると、その大きな魚はもういなくなっていて、また中ぐらいの魚を飼ってるんだ。で、また大きくしてから食べるんだって言うんだよ。
なんだかちょっと変な気分だったよ。
それに魚だけじゃなくって鳥も飼っていてね「可愛い?」って聴くと、やっぱり
「可愛いとか可愛くないないとかじゃなくって『便利だから』だ」って。
それでその鳥もある程度の大きさになったある日に消えてしまってるんだ。なんだか薄気味悪いよね。そりゃあ魚だって鳥だって誰でも食べるしさ、食べない人の方が少ないよね。でもさ、自分で飼っていたものって、なんて言うのかな、愛着があるじゃない? それを平気で殺して食べるなんて、普通じゃ考えられないんじゃないかな、でもその人は言うんだ。
「そんなことはないよ、最初っから殺して食べるつもりで飼ってるんだし、それに店で買うのとは違って手を掛けて育てているし、なんて言ったって魚にしても鳥にしても大人になりきってしまう前がおいしいんだよ」
そんなものなのかなって思うけど、やっぱりちょっと気味悪いから、この頃ぼくはあんまりそこには近付かなかったんだ。でもさ、怖いものみたさって言うのかな、興味はあったんだよね、ずっと。
それで3ヵ月振りぐらいかな、ちょっと寄ってみたんだよ。そしたら、もう全部食べちゃったんだろうな、水槽も鳥篭もからっぽでさ。もう魚も鳥も飼ってなくって、その代わりって言うと変だけど、小さな女の子と一緒に暮らしてるんだ。いくつぐらいかな、多分4才か5才ぐらいかな、で、どうしてそんな子と暮らしているのか理由を訊いてみたら
「ミヨリのない子だから」って答えてね。
「可愛いね」ってちょっとお世辞を言ったら、いやいやお世辞なんかじゃなくって結構可愛い子でね。そしたら
「そういうことじゃないんだ。便利だからだ」って言うんだ。
どういうことなんだろう、ぼくは途端に魚や鳥のことを思い出して背筋が寒くなっちゃったんだ。
あの子、これからどうなるんだろうね。
まさか? そんなことないよね? 絶対にないよね?
たたんだ洗濯物を抱えて、お母さんが階段を降りてきた。
「で、その身寄りのない子って一体誰? 何処にいるの?」
お母さんにどう説明したらいいんだろう。どうせまともには聞いてくれないだろうし、うまく説明も出来ないしな。
「別にィ」
(宮田 次郎)
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