再び・彼の街より
其ノ四
もののけ百態 −草転び−


 崩れかかった高架橋を潜り、ワンルームマンションの密集するごみごみした住宅街を過ぎて、道は大きな藪地に入る。道の両側には鋭く固い雑草が、足を踏み入れる事も出来ないほど密生している。

 藪の奥には小川が流れているらしいが、誰も確かめた者はいない。

 やがて道は下りになり、両脇の塀のような草が次第に丈を増して行く。そして急に視界が開けると、丘の中腹に電話ボックスが一つ、ぽつんと立っている。

 この辺りに近頃、化け物が出ると言う話を聞いたことがある。

 あの狂言自殺じみた阿呆らしいクーデターと、それに続く大恐慌の後で無数に広まった、出所の分からない噂の一つだ。

 仕事帰りだった。くたくたになった足を引きずり歩いて行くと、藪の根方から小さな手が突き出て手招きをしていた。不規則に点滅する電話ボックスの蛍光灯が、血の気のない爪を青白く照らしている。

 「ばか」

 怒鳴りつけて歩き出した。するといきなり蔓草に足を取られた。藪に頭から突っ込みそうになるのを辛くも堪える。

 見ると草は、脱げて転がった僕の靴の中から生えている。

 くさころびだ。

 靴の内側に張りついた蔓の根に、ライターの火を押しつけて引きちぎった。

 いつの間にか電話ボックスの中に一人の少女がいた。セーラー服を着て受話器に耳を当て、僕を指さし笑いこけている。よく見ると受話器のコードは途中から千切れ、だらりと垂れ下がっている。

 白茶けた顔には髪はもつれた枯れ草の玉、口や目と来たら、木の根を引き抜いた穴のようにぐずぐずと真っ黒だ。無論何を言ってるのか皆目分からない。

 かっ、と腹が煮えくり返ったが僕は脱げた靴を提げ、後ろも見ず立ち去った。

 こいつは反則だ。冗談じゃない。相手が悪すぎる。

(和田 鴉)


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