再び・彼の街より
其ノ五
もののけ百態 −早贄(はやにえ)−


 行く手には土塀に切り取られた闇がある。急な坂の頂上で闇は温気(うんき)を含み瑞々しく、上目遣いに見ていると息が詰まりそうだ。

 道端に踊り場のような平たい場所があり、囲いの中に木が一本立っていた。細く優美な枝の落とす影の中で、何かがざわざわと蠢いている。

 ぎょ、ぎょ、ぎょ、ぎょ、

 中から熱で溶け出したように、木のまとう影法師が微かに身じろぎする。影の内側を徘徊する、落ち着きのない無数の小さな気配。

 百舌(もず)の大群が夜営しているのだ。

 水っぽくふやけた月光が高い雲の隙間から射し入って来て、土塀の裏から枝を伸ばす枯れ木が、石畳に甲虫の前肢の形をした影を落とした。

 見ると枝に何か刺さっている。一枚のトランプだ。スペードのキング。

 ぎょ、ぎょ、ぎょ、ぎょ、

 塀の中にある屋敷で、家の当主が自殺とも他殺ともつかぬ死に方をしてから随分経つ。主はその夜、和蘭(オランダ)人の神父とポーカーをしていた。儀式的な決闘だったとも聞く。そして老いた主人は一度きりの勝負に敗れた。

 確か、今時分だったように思う。不吉な声で百舌達が終夜鳴き交わす、湿気た北風の吹く季節。

 ぎょ、ぎょ、ぎょ、ぎょ、

 老人が作り損ねたのはどんな手だったのだろう。皆の言うように彼は本当に、カードが最初から一枚紛失していたのに気づかなかったのだろうか。

 月光がキングの顔をぺろり、と嘗めた。手を伸ばしカードを取ると、キングは一瞬横目使いに僕を見た。月に雲がかかった。戸を閉め切るようにカードの上から月光がすっ、と拭い去られ、闇の中に二つの目だけが残った。

 ぎょ

 百舌達が鳴きやむ。

(和田 鴉)


連載トビラへ