再び・彼の街より
其ノ八
焚き火


 会合地点に指定された丘の頂きには誰もおらず、焚き火が一つ燃えていた。

 「これ以上連中のはったりにつきあう必要があるのか?」

 いらいらと国枝が言った。乱暴に焚き火を踏み消そうとする。

 僕は国枝を押しとどめた。

 「よせ。この焚き火に意味があるのかも知れない。郷に入ったら郷に従え、さ」

 「それを言うなら、ここは元々俺達の土地じゃないか!」

「その通りだ。しかし、あんたの土地じゃない」

 新渡戸が口を開いた。こんな事になる前は、教師をやっていたとか言う男だ。

 国枝は鼻白んだ。あからさまに気を悪くして、そっぽを向く。

 「俺達には調停委員としての責任があるじゃないか。それに、任された地域を自分の物にしようと思ってる訳じゃないだろう」

 焚き火の周囲にバンから降りた連中が集まって来た。僕の後ろに並び、無言で国枝を見つめる。

 「もう思い出したらどうだい」僕は言った。

 「俺達を派遣した連中は、もうどこにもいないんだぜ」

 「何を言い出すんだ」と国枝は呆れて怒鳴った。

 「そもそも俺達はみんな、初めからいなかったんじゃないのかね」と新渡戸。

 「そして、とうとうそれを思い出した」

 石岡が言った。双子の兄か弟の方かは分らない。

 「そして、だんだんいなくなっていった」と、もう一人の石岡。

 何か怒鳴り返そうとした国枝を僕は笑って制した。

 「誰も来てない、と思うかい?」

 一陣の風邪が吹き渡り、僕たちは国枝を残して誰もいなくなった。

 国枝は小高い丘の上で独りぼっちになった。

 ふーっと吐息をつき、国枝は背を曲げてしゃがみ込み、燃え残りの焚き火に手をかざした。国枝が目の前にいる僕らに気づくまで、火は夜通し燃え続ける。

(和田 鴉)


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