再び・彼の街より
其ノ九
もののけ百態 ―カンカン―


 カンカンは木枯らしと共に町へやって来る。どこから、と言われても困る。風に小突かれながら空から落ちてくる、と言う者もあれば、地下の水脈を伝って、霜柱の間から半死半生の態で這い出してくるのだ、と言う者もある。

 風もうたた寝する真夜中。突然ある町内の家と言う家に、金属の管を叩くようなけたたましい音が響きわたる。寝ぼけ眼を擦りながら音のする台所へ行こうとする妻や夫に、隣に寝ていた夫や妻は目を開けようともせずにこう言う。

 「あれがカンカンだよ。今年ももう冬なんだね」

 それでも上着を羽織って真っ暗な台所へ行ってみると、音は流しの排水口からしている。排水口に手をかざすと、呼吸するように空気が激しく出入りしているのが分る筈だ。

 カンカンという耳障りな音はご近所からも聞こえる。あなたがふと顔を上げた時、路地を挟んだ隣家の裏窓に蛍光灯が灯り、あなたの頬を紫色に染めるだろう。静まり返った夜気を貫き、蛍光管が埃を焼く音も聞こえるかも知れない。

 下水感を乱打する音は流しの裏を通って床下へ潜り、あなたの足の裏をくすぐりながら次第に遠ざかって行く。

 もしもあなたが人に知られぬよう自認している程度の物好きなら、試しに排水溝に耳を近づけてみるといい。まるで地の底の洞窟から聞こえて来るような誰かの声が、何かぶつぶつ言い争いながら谺を残して遠のいて行くだろう。

 そして初冬の夜の平穏が戻ってくる。家々から灯が消え、舌打ちや押し殺した苦笑いを残し、人々が自分の寝床へ戻って行く気配がする。

 やがてあなたが再び眠りに落ちる頃、どこか遠く離れた町の一角でぽつぽつ灯がともり始める。微かに聞こえるカンカン、と言う音は、まるで夢うつつに聞く警報機の響きのよう。

(和田 鴉)


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