「ジカホー」の
「けむかん」とは?

〜ビルに潜むいい妖怪(うそ)〜



「言葉を短縮したがるのはなにも日本の若者だけではなく、人類共通の傾向です。しかし、日本語は言葉の成り立ち上、短縮するとかなりむちゃくちゃな響きになることが多く、元の意味もわからなくなりがちで、耳慣れないととても奇異に聞こえるものです。
 若者言葉が大人に奇異に感じるのは、耳慣れないからであり、これは一般人にとっての業界用語も同様です。『ジカホー』も『けむかん』も、ほとんど妖怪の名前か「たほいや」の世界でしょう。見えてないけれど、すぐそばにある、という意味では、妖怪に近いかも知れません。
 設防先生。それでは、どうぞ。」

「そんな前振りで、どう話せっていうの!(しばし沈黙)
‥‥仕方がない。では。
 『ジカホー』は、学校や病院、ホテルなどに潜んでいます。天井に触角を這わせ、利用者からは見えないところで頭脳を働かせています。ある状況になると、大きな叫びを上げ、赤い光を放ちます。
 こう表現すると、本当に妖怪のようですが、その構成は通常、受信機・発信機・表示灯・音響装置・感知器からなります。さて、ここからどんなものが思い浮かぶでしょうか。」

「先生、なかなかやるぢゃないですか。」

(‥‥無視)
「この妖怪‥‥じゃなかった、設備の名称は、漢字で書くと『自火報』。『自動火災報知設備』の通称として、こう呼ばれています。」

「なんだか、漢字で縮めて書くと放火犯が自分で通報している図が浮かんでしまうのは、私だけでしょうか?」

「あなただけです。
 不謹慎な妄想はさておき、病院やホテル、劇場といった不特定多数の人が集まり、独力で避難することが難しい施設などは、消防法で『特定防火対象物(特防)』と定められ、自火報の設置義務があります。一般的な学校は『特防』には含まれませんが、たいていこの設備をもっています。」

「あ、あの1年に1回くらい生徒にイタヅラされるホースの入った赤いヤツですね。」

「あなた、ほんとにロクなこといわないですね‥‥。
 それに、あなたの言っているのは、消化設備が加わってくるので、ちょっと違います。ここのメーカーさんのサイトに、ちょうどいい画像がありますね。」

「す、スゴイ絵面になってるんですけど‥‥」

「『自火報設備』は通常、受信機・発信機・表示灯・音響装置・感知器で構成されています。イメージのわきやすいところで、学校を例にとって説明してみましょう。

 自火報設備の頭脳である『受信機』は、常時人のいる所に設置します。学校では用務員室にあることが多いので、実物を見たことがあるという方は、少ないと思います。場合によっては、職員室に『副受信機』が設置されていることがあります。
 受信機の役割は、各所に設置された『感知器』からの火災信号や目視による火災信号(『発信機』を押すこと)を受信すると『音響装置』と『表示灯』によって火災を告知するのが主なものです。また、防排煙設備や放送設備、各種消火設備に連動して被害を最小限にとどめるための役割を果たす機能もあります。出火場所の特定もできます。まさに消防設備の頭脳です。

 『感知器』は、設置する場所の用途によって種類が異なります。一般教室には『差動式熱感知器』、火気による温度上昇がある調理室などは『定温式熱感知器』、煙の通り道となる廊下や階段、給食運搬リフトの上部には『光電式煙感知器』、体育館は『光電分離型感知器』など。
 天井に白くて丸い装置がついているのは、みなさん目にされていると思いますが、あれは差動式熱感知器2種でしょう。
 この他、学校では『防排煙設備』も設置されていますので、防火扉や防火シャッターが建物内の縦区画(階段とかエレベーターをさす)を出火階からの煙や炎から守るために取り付けられています。他の階にいる人達の退避路を確保するという考え方がこうした法律の根底にあるといえます(アメリカは違うらしい)。

 余談ですが、時々感知器の誤作動によって防火シャッターが閉まるトラブルがあります。これは、散乱光式煙感知器の特性によるものが原因となっていることが多いのではないかと思います。このタイプの『けむ感』‥‥」

「出た!『けむかん』!」

「話の邪魔しないでください。
 このタイプの煙感知器は、空気中の散光率の違いを認識して煙がある状態とない状態を決めるものです。ところが感知器のヘッド内が埃などで過剰に汚れる、湿度が異常に高くなる(伝導率が高くなる)などの条件が揃うと認識力が低下し、正しく作動しなくなります。感知器も電気設備の一種であり、誤作動することもあるのです。
 数年前、この誤作動がもとで降下したシャッターに挟まれて児童が死亡するという痛ましい事故がありました。火災時でも誤作動でも、防火扉やシャッター付近にいる場合は、気をつけましょう(シャッターの動作には、降下を知らせるブザー音を伴うこともあります)。

 私たちは、こうした万が一の時に役立つものに日々囲まれて暮らしています。気がつかないところで安全は作られているのです。でもやっぱり、『火のない所に煙はたたない』といわれるように一人一人の防火意識が大切なのだと思います。」

「『けむかん』はいい妖怪なんですね。」

「あなた、‥‥結局、邪魔しに来たの?」

(先生:設防甲代/ちゃちゃ:雨野千晴)


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