児童向け連載小説が
熱かったころ

(1)
小林信彦『オヨヨ島の冒険』ほか


 論評は苦手である。と、言うより小説にしても散文にしても、理論整然とした文章を構築していくのが何より僕は苦手である。
 しかしここに今、僕が文章という形で残しておかなければ、恐らく忘れ去られて行くであろう一つの事実がある。
 と言うといかにも大袈裟だが、これから書き連ねようと思っているのは、70年代初頭に巻き起こった子供向け読み物の大変革である。記憶をたよりに書いているので少々いい加減な部分もあるが、資料というよりノスタルジックな雑分としてお読みいただきたい。

 小林信彦は誰でも知っているだろう。薬師丸ひろ子の出ていた『紳士同盟』や、故・横山やすしの『唐獅子株式会社』の原作者である。彼は70年代の初頭『オヨヨ島の冒険』と銘打った画期的な児童小説をものにしている。テレビ局のディレクターだったかプロデューサーを父にもつ大沢ルミという少女が、世界征服をもくろむオヨヨ大統領なる怪人物相手に大騒動を繰り広げる、前代未聞のドタバタ・アクション活劇だ。
 後にNHKの少年ドラマシリーズで取り上げられたこの作品は、それまでの当たり障りのない子供向けユーモア小説を木っ端微塵に粉砕する爆笑物語で、小学校六年生だった僕は読んでいる最中何度となく笑死しかけた。
 全編駄洒落と流行語が飛び交うこの作品無くしては『僕らの七日間戦争』『ズッコケ3人組』も存在し得なかったはずで、特にコント55号を思わせる小悪投二人組と、マルクス兄弟をモデルにしたインチキ探偵者の面々が秀逸だった。だが当時の児童文学界においては、今やほとんど語られない異様な傑作が目白押しだったのである。

 本編に入る前に脱線をもう一度。ちくま少年文学館を覚えているだろうか? そう、もはや永遠の傑作と呼んで然るべき天沢退二郎の『光車よ、まわれ!』(物語のヒロイン龍子は、恥ずかしい話だが僕の生まれて初めて恋した少女だった)、そして手加減一切無しの正調小松左京節が時空を越えて炸裂する、子供向けハードSF巨編『青い宇宙の冒険』‥‥。
 さらにこれまた僕にとっては永遠に座右の書である、三一書房から刊行された劇作家別役実の第一童話集。
 同書に収められた童話群は、どれもこれもが魂も張り裂けんばかりの寂寥感を湛えていた。そしてNHKの子供番組『おはなしこんにちは』で吉行和子という恐るべき語り手を得、一連の物語は年端もいかぬ子供たちに凄まじい衝撃を与えたのである。ああ、あの名付けようもない恐怖と悲しみに金縛りにされる一時を、覚えている者はもういないのだろうか?
 もしかしたら、たまたま僕がその当時、人生で一番多感な時期を過ごしていたせいかも知れない。しかし、他にも作者は思い出せないが、美しい恋愛に恋い焦がれるアンドロイド少女の悲劇を描いた『アンドロイド・アキコ』、サイケでポップな喰始(たべ・はじめ)の『迷子通り』等、この時代の小・中学生向け物語には、忘れられない印象を残す作品が多い。
 前置きが長くなった。しかし、今回僕が本当に取り上げたかったのは、今や完全に忘却の彼方に消え去った感がある、真に子供たちと真正面から渡り合う覚悟のあったいくつかの物語だ。

(和田 鴉)

<つづく>

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