児童向け連載小説が
熱かったころ

(2)
佐野美津男『夜のマスク』ほか


 ‥‥その頃、小学校から高校にわたる子供たちの間には「青空クラブ」なる組織が浸透していた。この児童による自治組織は、建前こそ健全だが、実態は暴力によって子供たちを管理するナチスじみた全体主義的な集団だった。しかし子供たちのある者は、彼らに対抗して「黒マスク」という地下組織を形成し、「青空クラブ」の少年たちと血みどろの抗争を繰り広げる‥‥

 『男組』や『スケバン刑事』といった学園硬派マンガを思わせるこの物語は、今は亡き無頼派児童作家・佐野美津男氏がかつてある学習雑誌のために執筆した『夜のマスク』という連載小説である。出版はされていない筈だ。
 恥ずかしい話をもうひとつ、いやふたつしよう。

 まず、ひとつ目。今もあるのかどうかは知らないが、僕は昔、親から偕成社の「トレーニング・ペーパー」という教材を取らされていた。トレペの名に心当たりのある方は、恐らくその名を聞いただけでかつての受験戦争にまつわる悲喜劇の数々に苦笑を漏らすだろう。あれは人をパブロフの犬に仕立て上げ、条件反射で成績を上げようという、考えてみると随分言語道断な教材だった。
 しかし、そのうんざりするほどしつこい反復教育を旨とする学習雑誌は、己が管理的な教育方針を嘲笑するかのように、自虐的なまでにアナーキーな小説を連載し続けた。その極北が前述の『夜のマスク』である。

 物語は、偶然ゲリラ組織のマスクを拾って「青空クラブ」のリンチを受けた小学生が、やがて「黒マスク」の連絡員となっていく、という筋立てで、最後は「青空クラブ」の幹部である兄(高校生)が、実は自分が「黒マスク」のリーダーであることを言明し、「黒マスク」軍団が「青空クラブ」に前面戦線布告をするところで終わる。
 考えてみれば72年当時、こんな内容の物語をまともに出版できるはずはなかった。何しろ物語は、その大半が子供同士の陰湿極まるいじめと、乱闘に次ぐ乱闘だったのだ。

 『夜のマスク』連載終了後、佐野氏の物語は幾分軽快になり、素頓狂な好奇心少女あぐりが友人たちと奇妙奇天烈な調査を繰り広げる『動物たちの自由の実験』『まぼろしブタのひみつ』の連作、そしてこれまた当時としては画期的な子供向け怪奇ロマン『風の中に目が光る』と続いていく。
 そして『風の中に‥‥』の連載途中で僕は、お家の事情からトレペ講読を打ち切られてしまうのだ。
 『風の中に‥‥』は、青森に渡来したというキリストの伝説と同地の古代遺跡が謎めいた事件の鍵を握る、京極某氏も真っ青の伝奇ミステリーだった。あの物語の結末を読めなかったのは、僕の少年期最大の心残りである。
 なお、『まぼろしブタ‥‥』だけは、現在単行本になっており、その不条理でシニカルな物語は、大人も一読に値するだろう。何しろまぼろしブタ、とは主人公たちの友人の、両親が信仰している姿なき神様だ、というのだから!

(和田 鴉)

<つづく>
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