BORN AGAIN BEHIND
THE WALL OF SLEEP
〜オリジナルBLACK SABBATHの威容〜
Vol.3
自身の体験を踏まえて考えて見ると、まずヘヴィ・メタルを、いやロックを深く聴くようになった87年に遡ることになる。
私は、当時の某深夜番組で「Sabbath Bloody Sabbath」のビデオ・クリップ(というか当時はプロモーション・フィルム)を録画し、80年代 L.A.メタルシーンの中でもうまくセールスを伸ばしていたオジー・オズボーンの前にいたバンドという認識の中でこのバンドに出会った。
その曲の収録されている5thアルバムの(お茶か何かをこぼしたのか)ジャケットが変形し、カビの生えたアナログ盤を中古レコード屋で手に入れ(というのも当時はCDは廃盤、輸入盤でもあまり彼等のアルバムにはお目にかかれなかったのだ!!)、その LED ZEPPELINよりもキャッチーで、分かりやすく、へヴィなサウンドに圧倒されたのだった。
そして、その他のアルバムをたてつづけに輸入もしくは中古レコード店で手にして、より深くのめりこむこととなり、彼等を越すだけのエネルギーを持つハード・ロック・バンドは自分の中に存在しないとさえ思うようになっていった。
しかし、私のように思う人間が他にも大勢いるのだと分かり始めるのにそう時間はかからなかった。
89年にBLACK SABBATH‥‥いやトニー・アイオミは、今は亡きコージー・パウエルをドラマーに迎え、オジー、ロニーに次ぐある意味で最もアイオミの意向に応えたヴォーカリスト、トニー・マーティンをフロントに、アルバム『HEADLESS CROSS』を発表し、9年ぶりに来日を果たした。クラブ・チッタ川崎に現れたアイオミの生の姿を神々しいものとして見た私が尋常な精神状態ではなかったことは想像するに難くないだろう。
このギグの入場前に、当時としては非常に珍しい10th アルバム『MOB RULES』のジャケットのTシャツを着ていた兄チャンとSABBATHはもちろん、スラッシュ・メタル(特にドイツ)、そしてMETALLICAの話で盛り上がった(というかそれら周辺の話しかしなかった。何だよなー、それ)のだが、この事実から浮上してくる80年代後半に時代に流れていたヘヴィ・メタル文化の暗黒サイドの力の静かな律動が、後のシーンをまさに「黒く塗れ!」といわんばかりに(って、バンドが違うぞ〜!)塗り替えてしまったという論理に対して、今さら否定しようとする者はいないだろう。
当時のSABBATH支持者として代表的な人間を例として挙げてみよう。
88年に「ランディー・ローズの生まれ変わり!」と美形ギタリストの触れ込みでオジ―・オズボーン・バンドに加入し、アルバム『NO REST FOR THE WICKED』『NO MORE TEARS』を完成させたギタリスト、ザック(ザッカリー)・ワイルド(彼の今しか知らない若者よ。デビュー当時の小ぎれいでカワイコブリッコぶりを見てオドロケ)。彼は、学生の頃に粘土細工に「BLACK SABBATH 666」と彫っていた友人から彼らの存在を知り、のめりこんでいった強烈なフリークである。
さらに87年にアルバム『NIGHTFALL』で、そのSABBATH模倣ぶりを見せたスウェーデンのドゥーム・メタル・バンドCANDLEMASS。スラッシュ・メタルの草分け的存在で、現在もそのナチュラルさを失わないANTHRAXも87年に「Sabbath Bloody〜」をカヴァーしている(もちろん、80年代前半にもコアなレベルでTROUBLEやTHE OBSSESSED、ST.VITUSまたは WITCH FINDER GENERALなどのSABBATH信者はいたのだが)。
だが、この80年代後半に現れたSABBATHフリークスの中で最も影響力が大きかったのは、やはりMETALLICAであろう。昨年暮れのカヴァー・アルバム『GARAGE,INC..』でも2曲メドレーでカヴァーをしているが、ライブでは部分的なリフだけのアソビでもかなりカマしている(見た中でも89年の「Symptom Of The Universe」、昨年の「Supernaut」など)。
逸話として有名なのは、86年にオジ―・オズボーンとのツアーで、METALLICAの連中がオジー自身と口もきかないのにツアー・バスの中でBLACK SABBATHの曲をガンガンにかけていて、「ヤツら、オレをナメているのか!?」と誤解してMETALLICAのローディーに迫ったところ、「とんでもない。彼等は貴方を崇めていて口もきけないほどなんですよ」と弁明したというヤツだ。
『BURRN!』86年8月号に、その年の5月6日のニューオーリンズのライブ・レポートが出ているが、そこで伊藤政則氏は「METALLICAがステージに登場してきた一瞬、僕の脳裏をかすめたのは69年頃のBLACK SABBATHの姿だった」「METALLICA は現代のBLACK SABBATHだ」「69年頃のSABBATHの音を45回転で聴いているような感じで“なるほどな!”と思えてくる」などと既に書いており、その86年からさらにもう1サイクルする過程で今度は本家が浮上したのだから、伊藤氏の着眼点はまさに的を射ていたのである。
現在、へヴィ・メタルのフィールドを越えたMETALLICAだが、あるコラムで「NIRVANAもしくはグランジが現れるまでは、アメリカはパンクを知ってはいなかった」とあったが、そのパンク的な原始的エネルギーの暴発が、METALLICAを筆頭とするSABBATH崇拝者達をヘヴィ・メタルさえもシステム化された80年代の末に生み出したのではないだろうか。
その動きは、遡れば(先ほどの80年代前半のSABBATH模倣メタル軍団よりもっと前の話だ)70年代のパンク・バンドDICKIESのアルバム『THE INCREDIBLE SHRINKING』の中で「Paranoid」がカヴァーされている事実があったり、ニュー・ウェイヴ系のバンドの中にも数多くのフリークが存在したといわれていることにもつながっていくのだ。
その後、90年代には、CATHEDRAL、PANTERAを筆頭にSABBATHフリークを自認する人間は雨後のタケノコのように現われ曲をカヴァーしていくという現象が巻き起こったが、PANTERAのフィル・アンセルモは語る。
「“SABBATHが好きだ”というトレンドが起こっている」
そう、暗黒文化がメジャーになってしまった現在(それは欧米だけではなく日本の社会的な問題にも通じるかもしれない)、本質が問われることになってしまった。
‥‥がしかし、その答えは、この『REUNION』アルバムの中に存在している。
(つづく:藤井 宏治)
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