<僕>は、旅回りのバンドマン。かつてドラッグに溺れるペシミストだった彼は、とある街で<ベランジェール>という名の少女に出会う。決して恵まれているとはいえない境遇にありながらも、つねに前向きに生きる少女との交流が、彼を変えていく。
しかし、元来の皮肉屋である彼の言動から、いつか二人の間は、ぎくしゃくしたものになってしまう。関係修復を願う<僕>だったが、それもかなわず、次の旅に発つ日が来てしまった。
それから、数年後――。

P.S. Dear Berangere

親愛なるベランジェール、お元気ですか。
最後にお会いした日から、何年が過ぎたでしょう。

 夏の喧噪が影をひそめて 珈琲カップに陽炎が戻る
 ふと足を向けた 見慣れた街 思い掛けず微笑むあなた
 出逢いもこの季節 巡り返す季節

 明日の約束が口に出せない 珈琲カップの陽炎が踊る
 ふっと溜め息だけ 乱れた胸 思い返す 微笑むあなた
 出逢いもこの季節 巡り返す季節

 あなたの目には どう映ったろう 視線を揺らす 言葉少ない僕
 何もかもが振りだしさ もう一度始まる 待ち続ける日々が

 どうすれば切り出せたのだろう 忘れ切れないまま 繰り返す僕
 思い掛けず微笑むあなた 僕の心に影を落とす
 何もかもが振りだしさ もう一度始まる 待ち続ける日々が

「Waiting days again」(C)hasmi toshihito 1987,1995

そう、あれはあまりにも突然の再会でした。
それから数日間。そちらに滞在しているうちに何かきっかけをつくって、もう一度、話をしたいと思っていたのですが‥‥
結局、妙案が浮かばず、そのまま、また次の旅へと出てしまったのです。

 こんな綺作な台詞 あなたじゃ似合わないわ
 なんて いとも容易く 僕の決意くじかすね
 古いシネマスタアに憧れるマドモアゼル 時代錯誤だね
 古いシネマスタアに憧れるマドモアゼル 世間知らずだね

 たったこれっぽちも 君は感づいていないの?
 やっと言いかけてやめた 僕のこの気持ちを
 古いシネマスタアに憧れるマドモアゼル 小娘じみてるね
 古いシネマスタアに憧れるマドモアゼル 無神経すぎるよ

 雰囲気を盛り上げるの苦労したっていうのに
 あんまりじゃない
 古いシネマスタアに憧れるマドモアゼル まったく頭にくるよ
 古いシネマスタアに憧れるマドモアゼル どうか‥‥振り向いて

「無神経なマドモアゼル」(C)hasmi toshihito 1988,1995

旅のまにまに思い出す、曖昧な記憶。けれど、そのほとんどに、後悔の2文字がついて離れなかった。
過ぎた時間は、決して書き替えられはしない。それは分かっていました。それでも何とか、あの時の本当の気持ちを伝えたいと思い続けていたのです。

 いつの頃からか 傷つけあう日々 嫉妬と強情の毎日
 何を求めているのかさえ 考える余裕すらなかったね

 許せないというなら 憎んでいい
 弁解も謝罪もしない あれがあのときのすべて
 時が洗い流すなんて 虫のいい話だね
 いま言えることはただ 君に会いたい

 噂ばかりが気掛かりで 理由もなく焦ってばかりで
 抑え切れない態度 すぐに 言い繕う言葉 捜しだせずに

 許せないというなら 憎んでいい
 弁解も謝罪もしない あれがあのときのすべて
 あの日に戻ろうなんて 思いなどしないけど
 いま言えることはただ 君に会いたい

 今度は大丈夫なんて 自惚れるわけでなく
 今は ただ 君に会いたい

「あれがあのときのすべて」(C)hasmi toshihito 1988,1995

前向きに生きることの大切さを、僕はあなたから教わった。けれど尊敬の念が、いつか馴れあいになり、そして歯車が狂ってしまった。何とかしようとジタバタするほど、結局はお互いを傷つけることにしかならなかった。
そして、あの日。本心を伝えることなく、僕は、あなたの街を離れる日を迎えてしまったのです。
それから僕は、いくつもの街を訪れ、様々な人々を見てきました。かつての僕に、よく似た人たちも、たくさん見かけました。

 湿った風が 髪を這う 舞い上がる飾衿布に 君は顔を顰める
 オフィスのパンチノイズ 逃れても 夜の帳 行く宛てなく
 店先のシャッターばかり 鳴り響くよ
 どこから来たの? 誰ひとり答えられない
 ヒールに響く 都会の憂鬱を

 花束を抱えた日々は いつ 胸の紙袋 忘れられた幸福
 ただ急ぐ自動車の河を渡る 岸辺の群れ 紛れ込むよ
 どの表情も 匿名の溜め息落とす
 どこにいるの? 誰ひとり答えられない
 ライトが映す 都会の憂鬱を

 気紛れな電話番号 話し込む偽り声
 間違いだらけの珈琲の香り ガラスの影 語りかける
 もう何も 問うことなどなくなった
 どこに行くの? 誰ひとり答えられない
 どこに行きたいの? 誰も答えられない

 何もいわないで 何も訊かないで‥‥

「アナン ストリート」(C)hasmi toshihito 1986,1995

 親しげな素振りで近づき 微笑む 幸福を差し出す 瞳は虚ろ
 楽園 誘う 街角の聖者たち 悲しみが消えると 叫んでる
 夢が叶うと 訴える この世界の後に来る と言う

 孤独の暗闇に 迷い込んだ彼に その灯を与えてあげたのは 君だね
 糸の切れたビーズ 宛てどなく落ちていく 手探りで愛を 求めてる
 分かち合える夢を 求めてる 優しい君に すがりつく

 願い事をすべて 叶える国へと 列を連ねる少女と肩を落とす人影
 明日を求めて 今日を捨ててしまうの そこに何が 見えてるの?
 幸福を讃えていながら 苦悶の表情 そしてまた君は 繰り返す

 あなたを守れるのは 私だけ
 あなたを癒せるのは 私だけ
 あなたを導けるのは 私だけ
 あなたを救えるのは 私だけ‥‥

「ぱらのいあ ぱらだいす」(C)hasmi toshihito 1988,1995

あきらめが支配する街、そして人々。
とりあえず、なんらかの他者に頼ろうとする人々
そして、そんな人たちを、食い物にしようとする人々
そんな光景を見るたびに、僕は、あなたとの出会いに感謝するのです。
そして、あなたが教えてくれたことを、彼らにも伝えたいと感じるのです。

 じれったい なんで自由に生きてこうとしないんだい
 いいじゃない 誰にでもの正解なんてないよ
 意味がない 自分騙して生きても

 失敗なんか 気にも留めず 思うままに 生きてた日々
 思い出してみてごらん 君にもできるはずさ
 ――高く高く 君も飛べる

 遅くはない 気づいた時 それがいつでもターニングポイント
 巡り逢い 「今」の肯定 その先に未来
 「どうしたい」 それがすべての始まり

 心底の気持ち ちゃんと見据えて 傷ついたって あきらめないで
 ひとつづつ乗り越えていけば 路は拓けるもの さあ
 ――高く高く 君も飛べる

「You can fly!」(C)inoue tatsuo & hasmi toshihito 1987,1995


追伸

 会いたくて 会いたくて 会いたくてしょうがないよね

 窓から射す陽射しに包まれ 日曜の午後
 流れるそのメロディは 再発CD
 「僕らは夏に出逢って 秋まで共に歩いた」
 春の前には 冬が来る
 すでにある価値は すべて笑い飛ばした
 冬の張りつめた空気が好きだといった
 真実を見つけたと 思っていたあの日
 だけど今 僕には 春がやって来た

 会いたくて 会いたくて 会いたくてしょうがないけど
 会いたくて 会いたくて 会いたくても しょうがないよね

 微睡み誘うような ポカポカ日曜の午後
 長い冬をすぎ 春の優しさを知る
 あの頃 好きだった歌 「冬へ向かい歩き出そう」
 居心地の好い部屋で聴いている
 ずっと とても寒くて死にそうだった
 思えば君にも 冷たくしたよね
 会って謝りたいけど 笑って話したいけど
 暖かな陽溜まりの中 とてもできはしない

 会いたくて 会いたくて 会いたくてしょうがないけど
 会いたくて 会いたくて 会いたくて なんて‥‥しょうがないよね

「会いたくて(しょうがないよね)」(C)inoue tatsuo & hasmi toshihito 1995

ペンを執ってはみたものの、いまさら何になるのでしょう。
明日の朝、この街のひとけのない港へ出かけ、海に流すことにしましょう。


all songs composed by inoue tatsuo, exept「会いたくて(しょうがないよね)」by inoue tatsuo sakuma mitsuru & hasmi toshihito
【視聴会録】 【(蛇足)ハスミのゴタク】
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